銃の民主主義 民主主義いって国や企業で権力持っている人たち。安田さん解放された件ついて たち安田さん英雄て迎えるべきよね 民主主義いって、国や企業で権力持っている人たち、
自分達の都合のいいようやって隠たい思って
ならば、隠されているの暴かない限り、
たち国民正確なジャッジできないん
情報いるんよ 情報ってくる人たち
絶対必要で、ジャーナリストやっているん
フリーのジャーナリスト命懸けてやっているん
一番危ないころ行かれているんよ安田さん
そういう人守らないでどうするんか 「銃の民主主義」。そんな大統領選挙であっても。アメリカが民主主義国でないとはいえないだろう
。考えていたが。逆に。権力者が決めた法が悪ければ。一般民衆が武力
によって権利を主張することも。民主主義の一面アメリカの民主主義は。街の
人たち農場主を含めが金を出し合って保安官を雇うことから始まったという
説がある。銃の民主主義」といってもいい。日本社会は「大きな家=国家」
「小さな家=家族」その「中間の家=企業。官庁」などで構成された「家

「自由民主主義」の混迷―国際社会は何をすべきか。従来。「自由民主主義」は。自由。公正。平等などの普遍的価値を標榜し。国家
権力などの限られた人々ではなく人民による近代以降。西洋社会が紆余曲折を
経ながらも脈々と築き上げてきた自由民主主義が危機に瀕している。への
アクセス向上などにより。人々の生活を豊かにする可能性を持っている反面。
従来人間が行ってきた労働をこれらの新技術が日本も。このような世界の潮流
に呼応し。脆弱国や紛争国に対する支援を強化していくべきなのである。民主主義と立憲主義のはなし。ここで。民主主義国家。国民から選挙で。選ばれた人たちなら。権力の行使も
適正に行われて。暴走することはないのでは?逆にいえば。国民は。「憲法」
を持っているのだから。国家が権力を濫用している場合。濫用しそうな場合に。
こういった法律があって。実際に。この法律に違反した人。人の物を盗った人
が警察に捕まり処罰されることで。多くの人は。「例えば孔子論語を書いた
昔の中国の思想家のような立派な人が。王様になって国を治めればいいのだろ
うか?

第7章。銃による殺人事件は。先進国のなかで もアメリカで群を抜いて多発している。
病死や老衰などによる死ではなく。これは「強制され た死」である。後に。
アメリカ社会の規律の崩壊

危険だから行くなと何度も出されているのに、自己責任だ、チキン国家だと言って案の定捕まって助けてくださいと泣きつくののどこが英雄なんですか?しかも捕まったのも護衛をケチって売り飛ばされるという間抜けさ全開で英雄ではない。渡航禁止令を無視した違法者。しかも今回が初めてではない。何の落ち度も、非がないのに、酒酔運転?無差別殺傷事件?災害で死亡あるいは重傷となった人と比べたら渡航禁止令を無視して危険地帯に行ったから、何が起きようと自業自得なだけ。生きて帰って来れたから、まだやらかすんでしょうね。権力者や国家の隠し事は、他にもたくさんあるので、安田氏が暴いたとしても一時の話題なだけ。極論ですか情報は金で買えるから別に安田氏が行く必要もない。そもそも、安田さんの件を、「自己責任」や「ジャーナリスト」で議論するのは、論点がずれていると思います。マスコミは、「海外ではジャーナリストは英雄視される」などと言って、安田さんを英雄扱いしてるけど、「自己責任で行く」、「やっぱり助けて」というユーチューバーはジャーナリストではありませんよね。安田さん自身が、自己責任だと言った。それでも、政府には救助する義務があると思います。個人と組織では、責任や義務が異なるということです。そのため、政府が危険地域への渡航を禁止することも理解できます。安田さんは、何度も「拉致」されていて、日本政府に渡航禁止にされた際に、「危険は承知してる。自己責任で行く。」と言っています。取材の仕事を請け負っているならば、政府に止められなかったと思います結局、韓国籍のパスポートで渡航しました。その後、安田さんはユーチューバーに転職して「助けてください。」ですからね。つまり、他のケースにおける「自己責任」とは違うんです。海外の観光地で被害にあったケースなどとの比較は無意味ということです。それと、安田さんの「職業」に関して現地では、テロ組織を支援する団体が、身代金という形で資金援助するということが横行しています。安田さんは何度も拉致されて、その度に解放されています。安田さんは「酷い衛星状態で、何度もボコボコに殴られたけど、殺されることは無いと思っていた。」と言っています。多くのジャーナリストが殺されていることを知らないわけがないし、「酷い衛生状態で何度もボコボコに殴られた」はずなのに、解放から数日しか経ってないのに、非常に良好な健康状態で、暴行の後遺症や傷跡も無さそうです。人質だった時のメッセージ動画でも、健康状態は良さそうでしたしかも、安田さんを「拉致」したとされている組織が、「拉致?拘束に関与していない」と言っています。安田さんは、「身代金ビジネス」の協力者である可能性が高いと思います。安田さんの「職業」が批判されているという一面もあると思います。本物のジャーナリストだったら批判されなかったかもしれませんねそのように考える方が、自分たちで資金を募ったりする事を咎めはしません。ですが、取材活動が「みんなの為」というのはジャーナリストの個人的な信念であり、彼の立場はあくまで私人、個人的に活動されているだけです。TVで自衛隊員を引き合いに出しているジャーナリストがいましたが、自衛隊員は国家公務員、公人であり、現地にも任務で行っています。自分の意志で危険な地域に趣き、そこで危険な目にあったので救出してもらう。それは登山に言って遭難した人を消防が捜索するのと同じです。そして、遭難者は後日救出費用を請求されます。彼の信念、ジャーナリズムがるというなら否定はしません。ですが、それはあくまで「彼の信念」であり、その活動支援に公費を投じて良い理由にはなりません。ker********さんまるで某局ワイドショーで力説していた同局社員のTコメンテーターの主張そのもののように映ります。Tコメンテーターの主張として言及してみます。>隠されているもの???その情報をとってくる人たちが絶対に必要で、ジャーナリストはそれをやっているんです。本来ならおっしゃる通りです。しかし現実にはジャーナリストと自称するTV局の人間達は、当時危険とされるイラク等々に出かけていき「隠されているもの」をとってきたと言うのでしょうか。答えはNOです。社員ジャーナリスト達は、現地で取材することを会社によって自主規制されたため、指をくわえて遠い日本から眺めていただけ。その隙間に登場したのが、一攫千金を狙う一発屋のフリー?ジャーナリスト達でした。彼らに依存せざるを得なかったのです。本来ならば、社員だろうとフリーだろうと、ジャーナリストと名乗る以上は先を競って危険に立ち向かい情報を読者?視聴者達に伝えようとするのが本来のジャーナリズム。しかし現実は違います。社員ジャーナリスト達は、あくまでも会社の保護にぬくぬくと守られた上でのジャーナリスト活動でしかありません。当時眺めるだけの社員ジャーナリストの1人でもあったTコメンテーターが、今になって一攫千金を狙って当時一匹狼のフリー?ジャーナリストが解放されたからと言って、拘束されていた人物を「英雄扱いして迎え入れよ」と主張するのは、いかがなものでしょうか。自ら「自己責任」という言葉を使ったの解放されたフリージャーナリストその人です。自分で言い出したからには、自分でその責任を果たしてもらいたいものです。そもそも日本政府からの何度にも渡る警告を受けながら無視し強行したもの。すなわち今回解放されたフリー?ジャーナリストは「自己責任だから、日本政府は口も手も出すな」と自らTwitterで語っていたはず。その前も現地で数度に渡り拘束と解放を繰り返す経験をしており、慣れという慢心は無かったのでしょうか。Tコメンテーターが同じくジャーナリストを名乗るならば、局の自主規制により傍観するしかできなかった当時の自分達を恥ずかしいとは思わないのでしょうか。外国メディアは、当時危険の中に踏み込んで情報を得ようと試みていましたが。それにしても現在の大手メディアによる情報隠しの実態と重ね合わせても国民の多くは、局社員であるジャーナリストが、フリー?ジャーナリストを「英雄扱いして迎え入れよ」との主張に説得力を見い出すことはできません。大手メディアのジャーナリズムが問われようとしています。フリーのジャーナリストは危険なことをしないと食べていけないのですから、べつに英雄だとはおもいませんけど。テロ組織につかまって初めて名前が知れわたって有名人になって体験談を新聞記事にするか、本でも書かけば大金を手に入れることができるからね。逆に質問!今回救出のための身代金でテロ活動に協力したことは?今回の身代金を使って武器購入等で新たな被害者を出す可能性を作ったことは?今回の件で日本人は金を出すとテロリストが味を占めたとしたらこれ以降の日本人ジャーナリストが行きにくくなった、行けなくなった、行って捕まる可能性が高くなったとしたら?どう責任取るんだ?何が英雄なんだろう?ジャーナリスト魂か?結果が全てでしょ。捕まることも無く報道できたのなら英雄なのかもわからないが、拉致され身代金を出してもらい救出されるなどジャーナリストとしてあってはならないこと。フリーなら尚更自己責任だ。フリーのジャーナリストなら、命くらい賭けての渡航だったはずだ。どこかに所属している商社マンならともかく、何度も何度も渡航の自粛が要請されていたにもかかわらず、フリーのジャーナリストだからという理由だけで行ったとするなら、やはり問われるべきは自己責任だ。フリーだからこそ、自分の身は自分で守らねばならないのに、何をやっているのか?どうして、英雄として歓迎しなければならないのか?私には理解できない。

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